はじめに:「前例」は先輩たちの知恵だった
全11回の連載、お疲れ様でした。
この連載を読まれた実務家の方の中には、少しモヤモヤしている方もいるかもしれません。
「理屈(二重構造説や回復登記)は分かった。でも、ウチの役所では今まで『字(あざ)』から『財産区』へ『更正登記』するだけで簡単に処理してきたし、法務局も通ってきた。わざわざ面倒な手順を踏まなくても、その『前例』でいいんじゃないの?」
おっしゃる通りです。実務において、スムーズに通る「前例」があるなら、それに従うのが一番効率的です。
かつて、登記実務が今ほど厳格でなかった時代、円滑な公共事業推進のために、先輩たちが法務局と協議して築き上げたこの「更正ルート」は、行政の現場における一つの「知恵」でした。
しかし、この連載であえて「別のルート(王道)」を提案したのは、「その前例が、ある日突然通じなくなるリスク」が高まっているからです。
今回は、これまで通用してきた「楽なルート」がなぜ今、曲がり角を迎えているのか。そのリスクを整理し、いざという時の「お守り(代替案)」として本連載の理論を持って帰っていただきたいと思います。
1. 2つのルートの決定的な違い
まずは、両者の違いを整理しましょう。
どちらも「昭和56年9月17日 登第347号(依命通知)」などを根拠にしていますが、そのアプローチは正反対です。
ルートA:「楽なルート」(前例・更正パターン)
- 手法: 表題部の「字〇〇」を、「更正登記(書き換え)」で「〇〇財産区」にする。
- 主張: 「字〇〇と書いてあるが、これの実体は最初から財産区だった。名前を書き間違えていたから直すだけだ」
- メリット: 手続きが簡単。
- デメリット: 「字(民間)」と「財産区(行政)」の同一性(イコール関係)を証明できない。
ルートB:「王道ルート」(本連載・回復パターン)
- 手法: 権利部の「財産区(または字)」から、「真正な登記名義の回復(移転)」で「自治会(代表者)」にする。
- 主張: 「登記簿には財産区(または字)と書いてあるが、それは間違い(無効)だ。だから、真の所有者である民間に戻す」
- メリット: 法理論に矛盾がない。
- デメリット: 手続きが複雑。
2. なぜ「楽なルート」は生まれたのか?
なぜ、法的に少し無理がある「ルートA(更正)」が、実務で定着したのでしょうか?
その背景には、昭和56年の依命通知(登第347号)のタイトル『字有財産の登記について』の存在があります。
実務の現場では、この通知を「『字』名義の土地であれば、全部まとめて『財産区』にしてよいというお墨付きだ」と解釈し、行政目的達成のために活用してきました。
これは当時の法務局と自治体の協力関係が生んだ、ある種の「行政運用」だったと言えます。
3. 「前例」が抱える2つの時限爆弾
しかし、時代は変わりました。本連載が警鐘を鳴らすのは、以下の2つのリスクが顕在化しつつあるからです。
リスク①:登記審査のトレンド変化(形式から実体へ)
かつては、通知の文言を形式的に当てはめる「便宜的な更正」が許容された時代がありました。
しかし、不動産登記法の改正や、所有者不明土地問題の厳格化に伴い、登記官の審査基準は「形式」から「実体」へとシフトしています。
分かりやすい例が、相続登記における「特別受益証明書」の扱いです。 かつては「形式(証明書)」さえ整えば、実質的な相続放棄として柔軟に処理されていましたが、今は「実体(本当に生前贈与があったのか?)」を厳しく問われるようになってきています。 「形式さえ整えば通る」時代は終わった──。この更正登記にも、全く同じことが言えるのです。
リスク②:法的「同一性」の壁
更正登記が認められる絶対条件は、「更正の前後で、当事者が同一であること」です。
- 更正前:「字」(権利能力なき社団=民間)
- 更正後:「財産区」(地方公共団体の一部=行政)
法的に全く別の人格である「民間」から「行政」へ書き換えることに対し、現代のコンプライアンス基準では「同一性がない」と指摘される可能性が高まっています。
4. 徹底比較:あなたの選ぶ道はどっち?
最後に、2つのルートを比較します。

もしあなたが登記官から「根拠は?」と問われたとき、自信を持って答えられるのはどちらでしょうか。
| 比較項目 | ルートA:楽なルート(更正) | ルートB:王道ルート(回復) |
| 拠り所 | 昭和56年通知の「拡大解釈」 (行政運用の積み重ね) | 昭和56年回答の「法理的適用」 (形式を利用して実体に戻す) |
| 主張の構造 | 「嘘」を「真実」にする (字は実は財産区だったことにする) | 「真実」を回復する (無効な名義をあるべき姿に戻す) |
| 将来のリスク | 高い 登記官の交代で否認される可能性。 | 低い 法的に正しい手続きのため、説明責任を果たせる。 |
おわりに
「前例」は、業務を効率的に進めるための大切な道しるべです。
しかし、用地買収の現場は生き物です。社会情勢が変わり、コンプライアンスが厳しくなれば、道しるべが「落とし穴」に変わることもあります。
「いつも通りの一本道」が塞がれたとき、迂回路を知っている人だけが、目的地(契約完了)にたどり着けます。
本連載で紹介した理論は、そんな「もしもの時の迂回路」として、皆様の引き出しの奥にしまっておいてください。
いつか必ず、あなたと組織を守る「武器」になる日が来るはずです。
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