はじめに:慣れた頃が一番危ない
「先輩、今度うちの市の畑を市民に売るんですが、嘱託登記だから農地法の許可証はいらないですよね?」
「お、よく勉強してるね。その通り、法務局への添付はいらないよ」
「よかった! じゃあ農業委員会への申請もしなくていいんですね。楽で助かります!」
「……ちょっと待ったあああ!!」
これ、笑い話ではなく本当にある会話です。
公務員が行う「嘱託登記」は、一般人が行う「申請」よりも、提出書類が大幅に簡略化されています。
しかし、「法務局に出さなくていい」ことと、「法律上の手続きをしなくていい」ことは、全く別の話です。
ここを混同すると、取り返しのつかないミスに繋がります。
結論:登記は通るが、許可は「絶対」に取れ
市町村が農地を売却する場合のルールは以下の通りです。
- 農地法の許可: 必要です。(農業委員会等の許可を得なければならない)
- 登記への添付: 不要です。(許可証を法務局へ出す必要はない)
許可を取らずに売買契約をして登記を通してしまうと、後で「農地法違反で契約無効」となり、大問題になります。
解説:なぜ「添付不要」なのか? 根拠を知ろう
この取扱いの根拠となる先例は以下の通りです。
根拠:登記研究 第418号 100頁 質疑応答
【要旨】
市町村所有の農地を個人に売却するには、農地法に基づく許可を受けることを要するが、所有権移転の登記の嘱託書には許可書の添付を要しない。
【問】
市町村所有の農地を個人に売却し、その所有権移転の登記を嘱託する場合には、農地法に基づく許可書の添付を要しますか。
【答】
所問の場合、農地法に基づく許可を受ける必要がありますが、登記の嘱託書には許可書の添付は要しないものと考えます。
1. なぜ「許可」が必要なのか?
農地法は「農地を守るための法律」であり、所有者が誰であるか(個人か役所か)は基本的に関係ありません。
自治体が公共目的で「取得」する場合は例外規定(許可不要)が多いですが、自治体が不要な農地を民間に「処分(売却)」する場合は、一般の売買と同様に許可が必要になります。
2. なぜ「添付」が不要なのか?
これは「官公署への信頼」があるからです。
「役所が嘱託書を出してくる以上、法律で決められた手続き(農地法許可など)は当然クリアしているはずだ」と法務局が信用してくれるため、証拠書類(許可証)の提出が省略されています。
現場でのリスク:登記官はチェックしてくれない
ここが一番怖いポイントです。
もし、担当者が勘違いをして「農地法の許可を取らずに」嘱託書を法務局に出したとします。
- 法務局の対応: 「添付不要」のルール通り、許可証が付いていなくても登記を通してしまいます。
- その後の結末: 登記簿上の名義は変わりますが、実体法上(農地法)の許可がないため、その所有権移転(売買契約)は「無効」です。
数年後に発覚した場合、「実はあの土地、法的には売れていませんでした」ということになり、代金の返還や損害賠償、処分の取り消しなど、事務処理は地獄を見ることになります。
まとめ:省略できるのは「提出」だけ!
「公務員特権」で省略できるのは、あくまで法務局への「紙の提出」だけです。
「やるべき手続き」まで免除されているわけではありません。
- 嘱託書作成時: 「農地法の許可証」は添付しなくてOK。
- 内部決裁時: 必ず「農地法許可書」の写しが合議されているか確認!
「添付不要」の文字を見たら、「ラッキー、仕事が減った」ではなく、「法務局がチェックしてくれないから、自分でしっかり確認しなきゃ!」と気を引き締めましょう。
登記研究418号は、そんな戒めを与えてくれる重要な先例です。
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