はじめに:古い先例にある「司令官の証明」
米軍基地があるエリアの用地担当者の間で、まことしやかに語られる古い先例があります。
登記研究338号 71頁(要旨)
在日アメリカ軍属等の住所証明書は、基地の軍司令官などの軍当局の長の作成した証明書でも差し支えない。
(昭和35年9月20日 民事甲第2394号等 参照)
これだけ読むと、「なるほど! 基地のトップ(司令官)に『こいつはここに住んでるぞ』と一筆書いてもらえばいいんだな」と思いますよね。
しかし、基地の実情に詳しい方ならすぐに分かるはずです。
「雲の上の存在である司令官(コマンダー)が、いち個人の不動産登記のために、わざわざ証明書にサインするわけがない」と。
解説:建前と本音を使い分けよう
この先例は現在でも生きていますが、実務での運用には注意が必要です。
1. 【建前】法律上の理屈
本来、外国人の住所証明書は「本国又は居住国の政府の作成に係る住所を証明する書面」が原則です。
しかし、在日米軍人・軍属(SOFA)は特殊な地位にあるため、「彼らを管理している軍のトップ(軍当局の長)が証明するなら、それを公的な証明書として認めてあげよう」という救済措置がこの先例の趣旨です。
2. 【本音】現場のリアル
では、実際に司令官にお願いできるかというと、ほぼ100%不可能です。
軍の組織は巨大で官僚的です。一兵卒や一軍属の私的な手続きのために、基地司令官がペンを取ることは通常あり得ません。
もし、この先例を盾に「コマンダーのサインを貰ってきてください」と依頼者に言ってしまうと、「そんなの無理だ!」と怒られるか、門前払いされるのがオチです。
結論:実務の正解は「宣誓供述書」一択
では、現場ではどう処理しているのか?
司令官の証明書ではなく、「公証人の前での宣誓供述書(Affidavit)」を使うのが一般的かつ確実です。
登記研究748号 58頁(解説要旨)
在米アメリカ人が住所について宣誓口述し、アメリカ公証人が署名した書面(中略)は、住所変更を証する情報となり得る。
(昭和40年6月18日 民事甲第1096号)
具体的な手続きフロー
米軍基地内には、リーガルオフィス(法務局のような部署)があり、そこに軍の公証権限を持つ担当官(Notary Public)がいます。
- 本人がリーガルオフィスに行く。
- 「私はここに住んでいます」という内容の書類(Affidavit)を作成する。
- 公証人の前でサインし、認証(Notarization)を受ける。
この「基地内の公証人が認証した宣誓供述書」が、実務上最もスムーズに通る「住所証明書」となります。
まとめ:先例は「奥の手」として知っておく
- 「軍当局の長の証明書」でも登記は通る(先例あり)。
- しかし現実には、司令官がサインすることはあり得ない。
- 実務では、基地内リーガルオフィスでの「宣誓供述書(Affidavit)」を取得してもらうのが鉄則。
「法律(先例)で認められていること」と「実際にできること」は違います。
新人担当者の皆さんは、先例の知識をひけらかして「司令官のサインを!」なんて言わないように気をつけてくださいね。基地の担当者に笑われてしまいますよ。
登記研究338p71
アメリカ軍属の住所証明書は、基地の軍司令官などの軍当局の長の作成した証明書でも差し支えない。
上記についての解説(登記研究748p58)
当該外国人の所属国の在日大使又は領事が発行する居住証明書は、これをもって登記令で規定する「公務員が職務上作成した上がない場合にあっては、これに代わるべき情報」として提供することができるものと解される。
そこで、在米アメリカ人が住所について宣誓口述に基づいてアメリカ公証人が署名した書面、及び宣誓者以外の者の住所について宣誓口述して作成された書面は、住所変更を証する情報となり得るものとされている。また、アメリカ人の住所を証する情報として、アメリカ公証人の証明に係るものが提供された登記申請は、便宜受理して差し支えないとされている(昭和40年6月18日付け民事甲第1096号民事局長回答・本誌213号37頁)。さらに、在日アメリカ合衆国の軍人、軍属等にあっては、当該軍人若しくは軍属等が所属する軍当局の長(軍の司令官等)の地位にある者が作成する住所を証する情報であったも差し支えないとされている(昭和35年9月20日付け民事38第835号民事局長第3課長事務代理回答・本誌156号36頁)。
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