前回は、「登記記録と申請書が一致していればOK(成功例)」という話をしました。
今回は、その「一致」が崩れるトラブル事例、「契約後に地権者が引っ越した」場合の対処法です。
ここで初めて、上司の言う「時系列(契約日順)」と、法務局の言う「連続性(今の記録優先)」が衝突します。
現場で起きる「時系列」vs「連続性」
あなたはAさんから土地を買収し、嘱託書を作成しています。
【事例の時系列】
- 現在の登記記録:所有者 A(住所:1番地)
- ① 5月1日:Aさんが市へ土地を売却(売買契約)。
- ② 5月15日:Aさんが2番地へ引越し(住民票異動)。
- Aさんは「新住所(2番地)」の印鑑証明書を提出しました。
- ③ 5月20日:あなたが法務局へ登記を嘱託。
上司のツッコミ(時系列の視点)
上司はこう言います。
「おい、売買契約は5月1日だぞ。引越したのはその後(15日)じゃないか。
時系列(原則1)で言えば、先に『所有権移転』だろう? なぜ住所変更を先にするんだ?」
確かに、「出来事の順番」だけ見れば上司が正しいように思えます。
登記官の視点:「住所が違う=別人」
しかし、ここで前回学んだ「原則2:登記の連続性(絵合わせ)」が登場します。
もし上司の言う通り、いきなり「所有権移転」を嘱託したらどうなるでしょうか?
- 嘱託書(申請人):義務者 A(住所:2番地)※嘱託時の現住所を書くのがルールです。
- 登記記録:所有者 A(住所:1番地)
これを見た登記官は、冷徹にこう判断します。
登記官の心の声
「申請人は『2番地のA』か。でも、登記記録上の所有者は『1番地のA』だ。
名前は同じだが、住所が違う。
登記の世界では、住所と氏名が一致して初めて『本人』と認めるんだ。
住所が違うので、この『2番地のA』さんは、登記上の所有者とは別人ですね?
別人(部外者)が勝手に土地を売ることはできません。却下します。」
今回の武器(根拠条文)
この「却下」には、明確な法的根拠があります。
不動産登記法 第25条(申請の却下)
登記官は、次に掲げる場合には、理由を付した決定で、登記の申請を却下しなければならない。
(中略)
七 申請情報の内容である登記義務者の氏名・名称・住所が、登記記録と合致しないとき。
つまり、「売買の日付がいつか」なんて関係ないのです。
申請するその瞬間に、登記記録と住所が一言一句合致していなければ(絵合わせが成功しなければ)、門前払いを食らいます。
正解の順序とロジック
上司にはこう説明してください。
「確かに売買は先ですが、今のままだと法務局で『別人』とみなされて却下されます(法25条7号)。まずは登記上の住所を『2番地』に直して、本人確認をクリアしてからでないと、売買の登記ができないんです。」
正しい手順
- 登記名義人住所変更登記(名変登記)
- 登記記録上の「1番地のA」を「2番地のA」に変更する。
- これで第1回で見た「成功例(完全一致)」の状態になります。
- 所有権移転登記
- 登記官「はい、登記記録も2番地、申請人も2番地。一致しましたね」
- これで晴れて「所有権移転」が実行されます。
なぜ時系列(原則1)は無視されるのか?
住所移転は「権利の変動(所有権が動くなど)」ではなく、単なる「本人の表示の変更」に過ぎないからです。
権利変動の歴史を記録する「原則1」よりも、「今、手続きしているのが本人であること」を確定させる「原則2」の方が、手続きの入り口としては重要なのです。
小難しく言うと下記が理由となります。
住所移転は、名変登記の原因となるが、権利変動(例えば、所有権が移転する)による登記ではないため、権利変動の過程を忠実に登記するという要請は働きません。
不動産登記(権利に関する登記)の機能:不動産ごとに、「権利関係の現状」の情報及び「権利変動の過程」の情報を公示すること。民法177・法59③
まとめ
- 原則1(時系列):売買は5/1、引越しは5/15。
- 原則2(連続性):申請時(5/20)において、登記記録(1番地)と申請人(2番地)が食い違っている。
- 結論:食い違いを解消する「住所変更」が最優先。
これで、なぜ「日付が後」の住所変更を「先」に登記しなければならないのか、論理的に説明できますね。
次回は、「相続」のケースを説明します。
「私は亡くなった父の土地を相続した真の所有者です!」と主張しても、登記官には通じません。そこには「登記義務者の定義」という壁があるからです。
【第3回予告】
「私は真の所有者です」が通用しない理由~相続と登記義務者の定義~
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