※本記事の内容は、実務経験に基づく筆者の私案です。法務局の公式見解や確定判例ではありませんので、実務への適用にあたっては、必ず管轄の登記官や専門家と協議の上で行ってください。
1. 書き方の全体像:「入り口」と「出口」をつなぐ
この書面では、以下の2つの難問を同時にクリアする必要があります。
- 入り口(義務者・市長側): なぜ、市長が民間地を処分できるのか?
- → ここは「財産区」か「字」かで書き分ける必要があります(第6回と同じ理屈)。
- → ここは「財産区」か「字」かで書き分ける必要があります(第6回と同じ理屈)。
- 出口(権利者・個人側): なぜ、自治会の土地を個人名義にするのか?
- → ここは共通の「委任説(受託者)」を使います。
2. 【実践】登記原因証明情報の記載例
ここでは、難易度の高い「パターンⅡ:字名義」のケースを中心に解説します。
(※「パターンⅠ:財産区名義」の場合は、下記ドラフトの「(2)経緯」の部分を、第6回の財産区パターン「昭和56年回答云々」に差し替えるだけでOKです。)
※あくまで一例です。必ず管轄法務局と事前に文案調整を行ってください。
登記原因証明情報(案・字名義 ⇒ 代表者A ルート)
1 当事者及び不動産
(1)当事者
権利者(甲) 〇〇 〇〇(Aさん個人の住所・氏名)
義務者(乙) 字〇〇(代表者 〇〇市長)
(2)不動産の表示
(省略)
2 登記の原因となる事実又は法律行為
(1) 真実の所有権の所在
本件不動産の登記簿上の所有権登記名義人は「字〇〇」となっているが、その実体は、戦前より当該地域の住民共同体(自然村)である「字〇〇(現 〇〇自治会)」が、祭祀や共同作業の拠点として維持・管理してきた固有の総有財産である。したがって、本件不動産の真実の所有者は、〇〇自治会である。
(2) 登記名義と実体の乖離が生じた経緯
本件不動産の名義人である「字」は、本来権利能力なき社団であり登記名義人となり得ない。
かかる名義の法的性格について、登記先例(登記研究400号258頁)は、昭和18年法律第80号等の施行の日(同年6月1日)以後の登記名義であれば、当時の「部落会等(行政組織)」を表示するものと解している。
本件不動産の保存登記は戦後になされたものであることから、形式上は、当時の行政末端組織であった部落会等の名義として公示されている状態にあるといえる。
しかし、本件不動産の実体は、前述の通り自然村である「字〇〇(現 〇〇自治会)」の総有財産である。
当該「字」は、昭和15年内務省訓令に基づいて組織された戦時体制下の「部落会」とは明確に峻別される別個独立した団体(自然村)であり、本件不動産は、行政組織である部落会等の結成の有無にかかわらず、地域住民の共同体として保有し続けてきたものである。
したがって、本件不動産は、昭和22年政令第15号(いわゆるポツダム政令)による解散・没収の対象となる「部落会等の財産」には該当せず、同政令に基づき当市に所有権が帰属した事実もない。
すなわち、本件登記は、形式上は「部落会等(現在の市が承継すべき行政組織)」の外形をとっているが、実体上の所有権は一貫して〇〇自治会(民間)にあるという「ねじれ」が生じているものである。
よって、形式上の承継人たる地位にある〇〇市長は、実体上の真の所有者に対し、名義を回復する義務を負う。
(3) 権利者(甲)の登記申請適格
上記の経緯により、乙(字)名義の登記は無効であり、真実の所有者へ名義を回復する必要がある。
しかし、真実の所有者である「〇〇自治会」は、地方自治法に基づく認可地縁団体としての法人格を有していない「権利能力なき社団」であるため、不動産登記法上、団体名義での登記申請を行うことができない。
そこで、〇〇自治会は、令和〇年〇月〇日開催の総会において、本件不動産の登記名義を、便宜上、当時の代表者である甲(自治会長)の個人名義とすることを構成員全員の総意として決議し、甲はこれを受託した。
したがって、甲は、実体法上の所有者ではないが、権利能力なき社団の法理(昭和28年12月24日民甲2523号回答等)に基づき、構成員全員のために登記名義人となる地位にある者である。
(4) 権利の調整(真正な登記名義の回復)
本来であれば、錯誤による更正登記または抹消登記を検討すべきであるが、本件登記は、前述の通り登記先例の解釈上、形式的には行政組織(部落会等)の名義を有するものとして取り扱われる。
このため、実体上の真の所有者である甲(民間団体)との間に「当事者の同一性」が認められず、法理上、更正登記の方法による是正は許されない。
また、抹消登記については、これを行うことによる権利関係の複雑化(共有名義への復帰等)を回避し、現在の権利関係を正確に公示する必要がある。
以上の理由により、当事者は「真正な登記名義の回復」の手続きにより、甲へ所有権を移転することとした。
(5) 移転の合意
よって、乙は甲に対し、真正な登記名義の回復を原因として、本件不動産の所有権移転登記をすることを承諾する。

3. 解説:絶対に外してはいけない「3つの急所」
このドラフトには、法務局の懸念を先回りして解消するためのロジックが埋め込まれています。
ポイント①:入り口での「公私峻別」
「(2)経緯」において、「形式は部落会(公)だが、実体は自然村(私)であり、両者は別個独立している」と主張することで、ポツダム政令による没収を回避し、市長が関与する正当性(形式上の承継人)を確保しています。
※この理論については 👉️ 【連載第9回】最大の壁「ポツダム政令」の脅威と「二重構造説」
ポイント②:「受託者(預かり)」であることの明記
単に「権利者:Aさん」とすると、「財産区からAさん個人にあげた」ように読めてしまうおそれがあります。
そこで、「(3)適格」において「総会決議に基づく受託(預かり)」であることを明記します。これにより、Aさんが勝手に自分のものにしたのではなく、自治会の決定に従って名義人になっただけだ(私物化ではない)と弁明します。
ポイント③:登記原因はあくまで「回復」
いくら「委任を受けた」と書いても、登記原因は「委任の終了」にしてはいけません。あくまで、無効な登記名義を排除する「真正な登記名義の回復」で貫きます。
4. 添付書類の注意点(議事録の書き方)
この申請を通すには、上記の主張を裏付ける「証拠」が必要です。
最も重要なのが、自治会の「総会議事録」です。
議案書には、以下の文言を必ず入れてください。
「本件土地は自治会の財産であるが、法人格がないため、便宜上、会長〇〇 〇〇の個人名義で登記することを承認する」
この議事録をつけることで、登記官は「なるほど、これは個人の所有地ではなく、先例に基づいた『代表者名義の登記』なんだな」と判断し、スムーズに処理してくれます。
次回予告
これで、「権利部がある土地(パターンB)」については、認可地縁団体ルート、個人ルートの両方をコンプリートしました。
次回からは、いよいよ最後の戦場、「第3部:表題部のみ(パターンA)」の攻略に入ります。
保存登記という前提がない土地に対し、真正面から更正をかけるとき、最大の敵「ポツダム政令」が立ちはだかります。
次回、「最大の壁『ポツダム政令』の脅威と二重構造説」について解説します。
登記原因証明情報のリライト版
【リライトのポイント】 パターンⅡのロジックに加え、「なぜ個人名義にするのか(受託者としての地位)」についての法的根拠(昭和28年先例)を、別項目として明確に立てます。
登記原因証明情報
1 当事者及び不動産
(1)当事者 権利者(甲) 〇〇 〇〇(Aさん個人の住所・氏名)
義務者(乙) 字〇〇(代表者 〇〇市長)2 登記の原因となる事実又は法律行為
(1) 真実の所有権の所在
本件不動産は、登記記録上「字〇〇」名義となっているが、実体は戦前より地域共同体(自然村)である「字〇〇(現 〇〇自治会)」が総有財産として維持・管理してきたものである。(2) 登記名義と実体の乖離(ポツダム政令非適用の根拠)
本件登記名義の法的性格および経緯は以下の通りである。
① 名義の形式性: 登記先例(登記研究400号258頁)の解釈上、本件名義は形式的に当時の行政組織(部落会等)を表すものと解される。
② 実体の二重性: しかし、実体としての「字」は、戦時行政組織としての部落会とは別個独立した自然村であり、本件不動産はその固有財産である。
③ 結論: したがって、本件不動産は昭和22年政令第15号による解散・没収の対象財産には該当せず、市への帰属も生じていない。
以上により、本件登記は「形式上の名義人(行政組織)」と「実体上の所有者(自然村)」が乖離している状態にある。(3) 権利者(甲)の登記申請適格(受託者としての地位)
真実の所有者である〇〇自治会は「権利能力なき社団」であり、不動産登記法上、団体名義での登記ができない。 よって、〇〇自治会は令和〇年〇月〇日の総会において、本件不動産の登記名義を当時の代表者である甲(個人)に信託することを決議し、甲はこれを受託した。 甲は実体法上の所有者ではないが、権利能力なき社団の法理(昭和28年12月24日民甲2523号回答等)に基づき、構成員全員のために登記名義人となる地位にある。(4) 権利の調整(真正な登記名義の回復)
上記乖離を是正するため、以下の理由により「真正な登記名義の回復」の手続きをとる。
・形式上の名義人(行政組織と擬制される字)と真の所有者(民間団体の受託者)に人格の同一性が認められないため、更正登記の方法は採り得ない。
・よって、形式上の承継人たる地位にある〇〇市長(義務者)は、真の所有者より委任を受けた甲(権利者)に対し、その名義を移転する。(5) 移転の合意
よって、乙は甲に対し、真正な登記名義の回復を原因として、本件不動産の所有権移転登記をすることを承諾する。
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