やる気のある相続人が一人しかいない時の「突破口」
「用地担当さん、土地を売るのには賛成なんだけど、兄弟とまだ遺産の分け方が決まってなくて……。全員のハンコが揃うまで、何もできないよね?」
事業計画は決定しているものの、予算待ちの段階。
そんな時に、窓口に来てくれた「唯一やる気のある相続人(キーマン)」からこう相談されたら、皆さんはどう返しますか?
「そうですか、では話し合いがまとまったら教えてください」と返してはいけません。それでは、せっかくの熱意が冷めてしまい、最悪の場合、話し合い自体が数年単位で塩漬けになってしまいます。
今回は、「まだ遺産分割協議はできないが、何か前に進めたい」という地権者に案内すべき、法定相続情報証明制度の戦略的な活用法を解説します。
結論:この制度は「たった一人」の申出で作れる!
多くの地権者は、「相続の手続き=全員の実印が必要」と思い込んでいます。
しかし、法定相続情報一覧図の作成(申出)は、相続人のうちの「一人」から単独で行うことが可能です。
【地権者に伝えるべきメリット】
- 全員の同意は不要:他の兄弟のハンコをもらわなくても、代表者一人の署名で申請できます。
- 話し合いの土台になる:法務局の認証文が入った「家系図(一覧図)」を見せることで、他の親族に「市への売却に向けて準備を進めている」という既成事実と安心感を与えられます。
- 待ち時間の有効活用:予算がつくまでの間にこの図を作っておけば、いざ契約という時に、最大の難関である「相続人の確定作業」が完了している状態になります。
解説と根拠:なぜ「協議前」の利用が有効なのか?
「相続登記には必須ではない制度」を、あえてこのタイミングで勧める法的・実務的根拠を整理します。
1. 相続人の一人が申請可能
相続人の一人が単独で行うことができます(他の相続人の委任状は不要です)。
【根拠条文の要約】不動産登記規則 第247条(法定相続情報一覧図の保管等)
- 要するに?:相続人(またはその代理人)は、法務局に対して一覧図の保管と写しの交付を申し出ることができる。
- 実務ポイント:申出書には「申出人」一人の記名があればよく、他の相続人の同意書や印鑑証明書は添付書類として要求されていません。
2. 「公的な家系図」が協議を促進する心理的効果
口頭で「遺産分けの話をしよう」と言うよりも、法務局の認証印が入った一覧図(家系図)をテーブルに置くほうが、話し合いのスイッチが入りやすくなります。
用地担当者としても、この図さえ完成していれば、「誰が相続人で、誰にアプローチすればいいか」が確定します。
地権者がこの図を作ってくれれば、我々が戸籍を読み解く手間(相続人調査)がゼロになるのです。これは巨大なメリットです。
3. 注意!「相続登記」はまだしなくていい
ここで重要なのは、「相続登記(名義変更)そのもの」と「一覧図の作成」を切り分けて案内することです。
- 相続登記(所有権移転):原則、遺産分割協議が整わないとできない(法定相続分での登記は可能だが、登録免許税がかかる上に、後で揉める原因になりやすいので推奨しない)。
- 法定相続情報一覧図:無料で、単独で、今の状況のまま作成できる。
「登記はまだしなくていいので、まずは『相続人の確定(メンバーリスト作り)』だけ済ませておきませんか?」という提案が、地権者の心理的ハードルを下げます。
実務フロー:やる気のある地権者へのアドバイス
具体的な案内トークの一例です。
地権者:「兄弟が遠方にいて、話し合いが面倒で……」
用地担当:「そうですよね。いきなり『誰が土地をもらうか』を話すのは大変です。
でしたら、まずは『今、相続人が誰なのか』を確定させる手続きだけ、〇〇さんだけでやってみませんか?
法務局の『法定相続情報証明制度』というものを使えば、〇〇さんが戸籍を集めて提出するだけで、法務局が公的な家系図を作ってくれます。
これがあれば、市の方で用地の手続きをする時の準備が7割終わりますし、将来、ご兄弟と話し合う時の資料にもなりますよ。」
【案内時のキラーフレーズ】
「法務局での手続き代はタダですが、その材料となる戸籍を役所で集める際の発行手数料(実費)はかかりますので、そこだけご注意くださいね。」
実務の注意点:戸籍収集のハードル
この制度の利用には、地権者自らが「被相続人の全戸籍」や「全相続人の戸籍」を集める必要があります。関係性によっては自力収集が困難なため、状況に応じた使い分けを案内しましょう。
- 関係が良好な場合(自力でOK)
親子間や連絡が取れる間柄なら、「〇〇さんが代表して集めてください」と促せばスムーズに進みます。 - 疎遠・兄弟姉妹が相続人の場合(プロを推奨)
直系尊属・卑属以外の戸籍(兄弟姉妹の戸籍など)を集めるには、「正当な理由」の説明が必要で、少しハードルが上がります。この場合、「費用はかかりますが、司法書士(行政書士)に頼めば職権で全国の戸籍をスムーズに集めてくれます」と、専門家への依頼を選択肢として提示するのも一つの選択肢です。
まとめ:小さな「既成事実」が大きな一歩になる
用地買収において、最も怖いのは「何も動かないまま時間が過ぎること」です。
遺産分割協議という「高い壁」に挑む前に、法定相続情報一覧図の作成という「登りやすい階段」を用意してあげてください。
たった一人の相続人が動いてくれるだけで、その後の用地事務(相続人調査・交渉)の難易度は劇的に下がります。
「まずは、メンバーリストの確定から始めましょう!」
この一言が、停滞した案件を動かす鍵になります。
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